2019年02月21日

縄文時代の遺跡 貝塚 #日本史B

縄文時代の遺跡として、貝塚が挙げられる。
貝塚は縄文人が住居の近くに、貝殻や不要な道具を捨てたものが堆積してできた場所である。
日本で最初に発見された貝塚は、東京都の大森貝塚である。
1877年(明治10年)、東京大学で教鞭をとるために来日したアメリカ人の動物学者・エドワード・S・モースが、列車で、横浜から新橋へ向かう途中、大森駅を過ぎてから直ぐの崖に貝殻が積み重なっているのを発見したことがきっかけだった。
posted by ノベル時代社 歴史探検部 at 21:28| 日本史B 原始時代

2019年02月20日

縄文時代の交易

縄文時代には、各地に集落が生まれていたが、集落同士で交易が行われていたと考えられている。
その根拠としては、特定の地域でしか産出されない石が広範な地域から発掘されていることが挙げられる。
例えば、
北海道十勝岳、長野県和田峠の黒曜石。
奈良県、大阪府境の二上山のサヌカイト(讃岐石)
新潟県姫川流域のひすい(硬玉)
これらのものが幅広く分布していることが交易が行われていたことを示している。

ちなみに、これらの物資はいずれも石器の材料である。
黒曜石は、鋭利な切り口のため、石鏃、石匙、ナイフ形石器の製作に利用された。
サヌカイトも、黒曜石同様に刃物用石器の製作に利用された。
また、ひすいは、装身具として利用されており、大珠、小玉などの飾り玉が製作された。



posted by ノベル時代社 歴史探検部 at 23:25| 日本史B 原始時代

縄文時代の生活、文化

旧石器時代に続き、約一万年前から、縄文時代が始まる。
縄文時代になるとより多くの道具が使われるようになった。
縄文土器が作られるようになり、石器も打製石器だけでなく、磨製石器も利用されるようになった。
動物の骨などを利用した釣り針も出土していることから、漁撈も行われていたと考えられている。

縄文時代の人々は主に、狩猟、漁撈、果実などの採集による生活を営んでいた。
人々の間には、貧富の差や階級の区別はなかったものと考えられている。
稲作については、まだ、行われていなかったとされているが、一部の遺跡からは、プラント・オパールなどの稲作の痕跡が見つかっており、すでに稲作が行われるようになっていたと考えられている。

また縄文時代の人々は、住居を作り、集落を形成するようになった。
住居は、竪穴住居と呼ばれるもので、竪穴を掘り、円形あるいは隅丸の方形を為すものが多い。一戸あたり、数人から十人程度が暮らすことができたと考えられている。
集落は湧き水の得られる台地上に形成されることが多かったようである。




posted by ノベル時代社 歴史探検部 at 22:57| 日本史B 原始時代