2019年03月22日

弥生時代の墓制

弥生時代に北九州を中心に発生した墓制は、階級の発生を物語っている。

甕棺墓……かめを2つに組み合わせて、中に死体をいれるもの。
箱式棺……穴を掘って板石を四角に組み合わせるもの。
支石墓……支石の上に一枚石をのせた机状のもの。
方形周溝墓……墓穴の周りに方形の溝をめぐらせたもの。

このような墓制が登場する。
その墓の中には、中国、朝鮮半島から伝来した鏡、銅剣、銅鉾などの副葬品が収められている。

そして、墓の作りや副葬品の違いにより、支配者身分が形成されていたことが伺えるのである。

posted by ノベル時代社 歴史探検部 at 22:46| 日本史B 原始時代

2019年03月20日

弥生時代の水田

弥生時代の水田は、河川や谷川の流れに沿って、低湿地を利用する形で作られた。
代表的な遺跡として知られるのが、静岡県の登呂遺跡や奈良県の唐古・鍵遺跡である。
あぜ道のある水田跡のほか、集落の跡や、大量の農具が出土している。
また、炭化した米や土器に籾あとが残されている。

posted by ノベル時代社 歴史探検部 at 00:14| 日本史B 原始時代

農耕技術の伝播

日本において稲作が行われたのは、弥生時代の初めころ、BC300年ころとされている。
最初に稲作が行われた地域は北九州とされている。
中国の揚子江流域で栽培されていたジャポニカ種の稲が朝鮮半島を経て、日本にもたらされたと考えられている。
北九州から始まった稲作は、西日本、東日本へと伝播していく。
それと共に普及するのが、弥生土器である。
稲を保管したり、炊飯のために縄文土器に代わって、新たな土器が作られるようになったのである。
posted by ノベル時代社 歴史探検部 at 00:10| 日本史B 原始時代