2019年03月29日

弥生時代の埋葬方法


縄文時代は屈葬が行われていたが、弥生時代になると次第に、四肢を伸ばして葬る伸展葬になった。
また、遺体を治める甕棺や箱式棺には、鏡や剣などのほか、装身具も副葬することにより、死者を厚く葬る厚葬が見られるようになった。
このことは、貧富の差が激しくなり、階級が分化して有力者が現れたことも意味している。
posted by ノベル時代社 歴史探検部 at 22:54| 日本史B 原始時代

弥生時代の衣服

弥生時代の衣服は、縄文時代同様に毛皮や樹皮の繊維を原料とするものが主に用いられていたとされているが、土器面の痕跡などから麻布もあったことが確認されている。
また、石製の紡錘車も発掘されていることから、衣服を作る技術は縄文時代と比べても発達していたと考えられる。
衣服の形態としては、中央に穿たれた穴から頭を出して着るごく単純な構成の衣装である貫頭衣と呼ばれるものが用いられていた。
posted by ノベル時代社 歴史探検部 at 22:41| 日本史B 原始時代

弥生時代の農耕儀礼

弥生時代の水稲稲作では、春の種まきーー直まきによる栽培と、秋の取り入れーー穂首刈りによる収穫が最も重要な節になっていた。
その節を中心に祭りが集落単位で行われるようになり、田の神への信仰が芽生え、農耕にちなんだ儀礼がなされるようになった。

後に編纂される古事記や日本書紀などの日本神話には、農耕生活を背景としているものが多い。
この時代のそそり立つ大きな岩の近くから銅鐸がたくさん発見されている例もあり、これは、その岩に神が宿っているという信仰が生まれたことを意味している。
posted by ノベル時代社 歴史探検部 at 20:45| 日本史B 原始時代